学生時代

私は4歳の時に父を亡くし、2つ下の妹と、いわゆる母子家庭で育ちました。小さいころから気が弱く、近所でも「泣き虫ケンちゃん」で有名でした。そんな私を心配して、小学校3年生の時に、叔父の通う少林寺拳法の道場に入門させられました。

はじめは道場に行くのがつらく本当に嫌だったのですが、段々と上達するにつれて楽しくなり、ついに黒帯を締められるようになりました。自信もつき、いつしか泣き虫の汚名も返上することが出来たのです。結局、少林寺拳法は大学時代まで続け、そこで今の妻と知り合うなど、私の青春そのものでした。

ところで、少林寺拳法は護身術だけでなく、整法という体を調整する技術があります。

私もひどい突き指を一瞬で治してもらい、心底感動したことがあります。これが整体との最初の出会いだったのですが、まさかその後自分が整体師になるとは、全く想像もしていませんでした。

 

介護士時代

その後、母が大病を患い、将来的にも必要になるだろうと考えて介護福祉士の資格を取り、特別養護老人ホームで働くことになりました。ご承知の通り、介護の仕事は大変ではありましたが、自分なりの理想の介護を実現するため、積極的に介護の知識や技術を学び、やりがいを感じていました。

しかし、どんな介護でも最後は死で終わります。もちろんそれが幸せな最期であるよう、最善を尽くすのですが、残念ながらなかなかそうはならないのが現実です。

ほとんどの方が筋力の低下や、転倒骨折、外反母趾など足のトラブルにより歩けなくなり、寝たきりとなってしまいます。それがさらに認知症を悪化させます。そして皮肉にも手厚い介護と医療により、そのような状態で長期間ベッドに縛り付けられたまま最期を迎えるのです。

私はこのような状況に段々と疑問を感じ始めました。そして、「人間の最期が、このようなものであってはならない。」と強く思うようになりました。

「最後の最後まで自分の足で歩き、自分の口で食べる。」それが本当なのではないか?

そうであるならば、こうなる前に何か出来ること、やるべきことがあるのではないか?

そうして、自分にできることは何かと考えた時に、思いついたのが整体だったのです。

 

そして整体師へ

私は介護を離れ、整体の技術を身につけるべく、すぐに行動を開始しました。

しかし、ろくに調べもせずに飛び込んでしまったのが大手もみほぐしチェーン。

来る日も来る日も、ひたすら強く押し揉むの繰り返しで、こんな施術では寝たきりを減らすどころか、自分が寝たきりになってしまうとの危機感を覚えました。

「自分が求めている整体はこんなものではない。」そう思い、単身上京。ゴッドハンドと呼ばれる先生のもとで修業しながら、様々なセミナーにも参加して、理想の整体を追い求めていったのです。

そうしてたどり着いたのが、足の重要性ということでした。

足は体を支える土台であり、足の問題が、膝や腰、肩など全身に悪影響を及ぼしているということが分かったのです。

しかし、足の問題を解決するのはとても難しいのです。それは、体を支えるために常に大きな負荷が掛かり続けるので、治療をしても追いつかず、悪化、慢性化しやすいからです。

私はその解決策としてインソールを採用していたのですが、さらに根本的な治療法を求めていました。そして、そんな時に出会ったのが、「ゆるかかと歩き」だったのです。

足の重要性に気づきながら、その根本的解決策に答が出せないでいた私にとって、「歩いて治す」というのは、まさに目から鱗でした。
正しい歩き方なら体に負担をかけない。

そして、人間に備わった自然治癒力によって、カラダはどんどん良くなっていく。

素晴らしいではありませんか!

私は、一人でも多くの方に「ゆるかかと歩き」を身につけていただき、外反母趾など現在のお悩みの解決はもちろん、将来の「最後まで元気に自分の足で歩く」というゴールを達成していただきたいと、本気で思っています!